神経生化学教室の御案内
尾藤晴彦
教室の由来
当研究室は、1961年7月に東京大学医学部附属脳研究施設生化学部門(略称:脳研生化)として発足しました。1997年の大学院講座制への移行に伴い、東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻基礎神経医学講座神経生化学分野(略称:神経生化)となり、現在に至っています。これまでに、歴代の教室主任(黒川正則教授、芳賀達也教授)の下、一貫としてニューロン機能を担う素過程の分子理解を目的とした神経シグナル伝達機構の解明を精力的に行ってきたのが特徴です。
私は、2003年に縁あって教室主任(当時助教授・准教授、その後教授に昇進)として、当教室に着任致しました。現在、講師1名(藤井哉)、助教2名(金亮、太田桂輔)、技術専門職員1名、研究員2名、大学院生6名とともに、神経回路の形成と可塑的再編成を制御する細胞情報伝達に関わるプロジェクトを推進しております。
現在の研究活動
神経回路は、神経細胞の結合と機能的なシステム形成のための厳格な「設計図」と、個体ごとに内部・外部の環境変化に刻一刻と対応しその経験を蓄積できる「適応性・学習能力」という、「剛」と「柔」の性質を併せ持っています。
1個のニューロンには数万個のシナプスがあり、各々独立した入力を受けます。独立した数万個の入力が一つの神経核の遺伝子発現をどのように調節制御するのか(many-to-one problem)。また一つの神経核で転写されたtranscriptの情報が、どのように再分配されて最終的に各シナプスへ伝達されるのか(one-to-many problem)。このような根本的な問題を解き明かすために、奥野助手を中心に、シナプスから核へと核からシナプスへのシグナリングに関する研究を行っています。
またこのような可塑的な情報変換を過不足なく実行可能な神経回路形成・シナプス形成を支配するルールは何か。シナプス局所の分子解剖は近年相当進歩しましたが、シナプスを構成するプレ側(神経終末)とポスト側(シナプス後肥厚部)の構造の位置、数、形態がどのように決まり、細胞内の分子動態とシグナル伝達がどのようにこれを制御しているのかは未解明です。そこで、竹本助教を中心に、シナプス形成に至るまでの突起形成・伸展過程・アクチンダイナミクスなどの生化学・酵素学を探求しています。
これらに併行して、ここ数年来、グルタミン酸光融解法を用いた局所刺激法、遺伝子発現イメージング、単一シナプス蛋白相互作用解析、神経細胞におけるRNA干渉法などの方法論を確立し、さらにウィルスを用いた遺伝子導入などの新規手法の導入や最適化も進めています。このような方法論を駆使し、単一ニューロン生化学から単一シナプス生化学への脱皮を図っています。
目指すところ
神経情報は、膜電位の上昇下降と神経伝達物質放出によって起こります。特に、シナプス電位の変化は、神経細胞内で電気的シグナルと化学的シグナルの両者を生成します。神経可塑性はこの両者の絡み合いから成り立っていると考えられますが、化学的シグナルの全貌は、変化するシグナル毎に別個の定量技術を開発する必要があるため、解明が遅れています。我々の中期的目標は、神経活動依存的な化学的シグナル伝達過程を構成する素過程を一つでも多く同定し、そのダイナミクスを明らかにすることにあります。
幸い、上記のプロジェクトを通じ、
1)転写因子CREBとその複合体による遺伝子調節が、神経活動によりどのように制御され長期記憶を形成するのか、
2)長期可塑性の発生に伴いシナプス近傍のシグナル伝達はどのように統合されるのか
3)そもそも神経回路形成に必須な神経突起がどのようなプロセスを経て生まれるのか、などについて、少しずつ新たな知見が得られてきています。今後、これらの成果をさらに一層深めていきたいと考えています。このように情報が一時的にあるいは不可逆的に神経回路に書き込まれるメカニズムの一端を理解することを通じ、脳の作動原理の一端が明らかになるのではないかと期待しています。
先の長いopen-end questionに興味のある方、また地道な生化学に一緒に取り組んでみたい方は是非ご連絡下さい!
こちらまで
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